海勉 Studies of the ocean

国民共有の財産である海洋水産資源の管理は国民に開かれた政策の下で科学的に行われなければならない

最近の論文。記2021年8月8日

M. Aldrin et al. (2021) Caveats with estimating natural mortality rates in stock assessment models using age aggregated catch data and abundance indices - ScienceDirect

魚の自然死亡率の推定。6つの異なる推定モデルに対し同じデータを使って有効性を比べる。

 

P. Holm et al. (2021) Accelerated extractions of North Atlantic cod and herring, 1520–1790 https://doi.org/10.1111/faf.12598

北大西洋におけるタイセイヨウダラとタイセイヨウニシンの水揚げの変化の歴史。総水揚げ量は1520年から1620年の間に220,000トンから460,000トンに増加。フランス革命(1789年)前までには1,000,000トン以上もヨーロッパ市場に供給されていた。1520年まではタイセイヨウニシンが、1540年から1790年まではタイセイヨウダラが最重要魚種だったとのこと。

 

MSY(最大持続生産量)。記2021年7月29日

Youtube農林水産省の公式チャンネルhttps://www.youtube.com/user/maffchannel

がMaximum Sustainable Yield(MSY、最大持続生産量)について簡潔な説明動画を公開。

youtu.be

このような発信をしてくれたことは素直に良い評価をしたい。ただし5分57秒の動画なのでどうしても省略された説明も。というわけで MSYについて掘り下げてみる。

 

月刊海洋(2018年10月号 通巻575号 Vol.50, No.9)においてMSYについて議論あり。MSYは自然を単純化して一つの値として算出していることから説明しやすい、という賛成意見がある一方、複雑な現実を反映していないという反対意見が挙げられている。

 

ここでの「自然の単純化」とは、海の中の一種類の生物の群れのみを考えて、異なる生物種間の相互作用や環境変動などを考慮しないことを指す。例えば、サンマならサンマのみを考えて、サンマの餌となる動物プランクトンやサンマを捕食するクジラなどの増減は考慮しない。さらにサンマがある空間や環境下で維持できる最大の量(サンマの環境収容力)の時間変動も考慮しない。本来は、あの魚種のMSYは何万トン、その魚種のMSYは何万トン、と固定した値にはできない。未来の環境状態は、過去や現在と違う可能性があるからだ。

 

MSYの活用の反対を主張する論文で有名なのは Larkinの "An Epitaph for the Concept of Maximum Sustained Yield" (1977)だろう。題名を和訳すると「最大持続生産量の概念への墓碑銘」になる。しかし、その後に発表された Maceの "A new role for MSY in single-species and ecosystem approaches to fisheries stock assessment and management." (2001) https://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.462.9670&rep=rep1&type=pdf

ではMSYへの認識の変化について書かれている。MSYを達成するような漁獲係数(漁獲圧) F_MSYは国連食糧農業機関(FAO)が発行する協定やガイドラインに登場し、アメリカのマグナソン・スティーブンス法(Magnuson–Stevens Fishery Conservation and Management Act)にも組み込まれた。一つの目安、参照点として活用しているとのこと。

 

動画中5分40秒ごろhttps://youtu.be/5q6joFtx_78?t=340 の映像に出てくる

「MSYベースの資源評価に基づいて設定された量だけ漁獲していけば、だんだんと魚の量全体が増えていく」

という表現は誤解を招きそう。マイワシのように環境変動の影響で大きく個体数を変えると考えられている種は、たとえ禁漁に近い措置をしても資源量が減ることもある。ただし科学的な資源評価に基づく漁獲が資源を崩壊させず漁業経営も守る、という主張の論文はあげ出したらキリが無いし、その主張の通りだと思う。

「MSYベースの資源評価に基づいて設定された量だけ漁獲していけば、一時的に漁獲量を減らす年もあるが、持続可能な漁業を達成できる可能性を大きくすることができる」

くらいにしてはどうか。

 

 

EBFMと最近の論文。記2021年7月25日

Ecosystem Based Fishery Management (EBFM)についてはPikitch et al. (2004)

10.1126/science.1098222

EBFMの目的は海洋生態系やそれに支えられる漁業を健全に維持すること。特に以下の四つが求められる。

(i)生態系の悪化を避ける

(ii)生物種の集まりや生態系過程への不可逆的変化が起こることのリスクを最小化する

(iii)生態系を危うくすることなしに長期的な社会経済的利益を得て維持する

(iv)人間活動の結果を理解するため生態系の過程の知見を創出する

 

最近の論文。

Silvar-Viladomiu et al.(2021) https://doi.org/10.1111/faf.12591 

F_MSY(最大持続生産量を達成するような漁獲係数)のような参照点は時間と共に変化するもの。その原因は様々だが、それら参照点の定義と推定のための技術基盤が主な原因だろう。reference point (「参照点」の英訳)は点ではなく reference series (「参照組」とでも訳すか)としてみる方が現在や過去からの持続性を数値化するのに適している。

水産白書(令和2(2020)年度)記2021年7月17日

2021年6月に水産白書(令和2(2020)年度)が発表。

https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r02_h/index.html

第一部の特集は「マーケットインの発想で水産業の成長産業化を目指す」だった。昨年令和元年度水産白書の第一部特集は「平成期の我が国水産業を振り返る」だった。個人的には外国人技能実習生や外国人材についての記述の充実を望む。

 

The status of Japanese fisheries relative to fisheries around the world Momoko Ichinokawa, Hiroshi Okamura, Hiroyuki Kurota ICES Journal of Marine Science, Volume 74, Issue 5, May-June 2017, Pages 1277–1287, https://doi.org/10.1093/icesjms/fsx002

2017年の論文。調べた系群のうち、漁獲割合(漁獲量/資源量)が漁獲を最大持続可能量にする漁獲割合を上回る、または資源量が漁獲を最大持続可能量にする資源量を下回る種がそれぞれ約半分にのぼる。漁獲可能量(Total Allowable Catch, TAC)を設定した魚種の漁獲割合を減らすことができたのは、TACを設定した効果が出ているから。日本の漁獲対象種は自然死亡率が高めだが、それは生産性が高いとも言える。漁獲圧を適切にすれば資源は早く回復し、漁獲量も増える。