(2022年8月6日、21日修正)
MSE(Management Strategy Evaluation、管理戦略評価)についてのまとめ。
MSEとは
Goethel et al. (2019) Closing the feedback loop: on stakeholder participation in management strategy evaluation.
https://doi.org/10.1139/cjfas-2018-0162
によると、MSEとは、「系の不確実性を統合しながら、漁業、生態系、社会経済関連の目的を達成するために提案された管理方法の有効性をシミュレーションによって調べる手法」である。以下噛み砕いて説明する。
水産資源を管理しようとすると、まず「不確実性 uncertainty」があることが問題になる。対象の魚種は次の年どれくらい産卵するか、一年間にどれくらいの割合で死亡するか、資源量を推定したとき真の資源量とどれくらい誤差があるか、など不確実なことだらけである。その不確実性があることを大前提とする。
次に水産資源を管理する目的として、漁業者の生活の向上や自然生態系の保全、そして地域の雇用の維持発展などが挙げられる。複数の利害関係者がそれぞれの視点を持っていることが重要である。
その利害関係者の個々の目的を達成するために、幾つかの管理方法を選択肢として用意する。そしてそれらをプログラミングしてコンピュータでシミュレーションする。結果を見てどの管理方法が目的達成に適うかを検討する。この一連の流れ、枠組みがMSEである。
MSEの基本サイクル
具体的なMSEのサイクルは以下の文献に詳しく書かれている。
Siple et al. (2021) Considerations for management strategy evaluation for small pelagic fishes.
https://doi.org/10.1111/faf.12579
(1) 管理目的を明らかにして、それに基づく数値指標を用意する
(2) 重大な不確実性の発生源を特定する
(3) 対象の系(個体群動態など)を記述するモデルをいくつか構築する
(4) パラメータを設定する、その際パラメータの不確実性も数値化して考える
(5) 実装されうる管理戦略を特定する
(6) (5) で特定した管理戦略の候補たちをそれぞれシミュレーションする
(7) シミュレーションの結果をまとめ、解釈し、必要があれば過程を改善する
うまくいかなかった点があれば、また新たに(1)に戻って何度もやり直し、より良い戦略を練り上げていくことが主眼である。
MSE実施のコツ
前掲のGoethel et al. (2019) によると、MSEの成功、特に漁獲ルールや規制への改善や受け入れをもたらすものは、MSE を分析開発する中立的なアドバイザーに加え、
資源の利用者、
保全グループの代表者、
漁業管理を担当する機関
を含む幅広い関係者を参加させることであるという。
「MSE は、不確実性のある問題についてより深く知ることを意図するのではなく、その不確実性に対する管理手順の性能の堅牢性を評価することに集中することで、不確実性に対処する」
Butterworth et al. (2010) Purported flaws in management strategy evaluation: basic problems or misinterpretations?
https://doi.org/10.1093/icesjms/fsq009
のが大事な点である。
日本語で書かれた参照
日本でのMSEの適用としては、主にクロマグロの例が挙げられる。しかし他の魚種にもMSEの枠組みを設定することはもちろん可能なので、今後も実施拡大が期待される。
管理戦略評価 | The Pew Charitable Trusts
https://ichimomo.github.io/shigen_kensyu2019A/4-ichinokawa/presen_ichinokawa.pdf
https://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kokusai/180507.html
英語で書かれた参照
以下の論文は残念ながら有料公開。ただしGoogle scholar で「Management Strategy Evaluation」と調べると、無料で読むことのできる論文も出てくる。
Punt et al. (2016) Management strategy evaluation: best practices.
https://doi.org/10.1111/faf.12104
具体的なMSEのサイクルが書かれている。前掲のSiple et al. (2021)の論文もこれを参考にしている。
Nakatsuka (2017) Management strategy evaluation in regional fisheries management organizations - how to promote robust fisheries management in international settings.
https://doi.org/10.1016/j.fishres.2016.11.018
「MSE は不確実性に対して頑健な管理戦略を作ることを目的とするのであり、不確実性が解決されるという仮定の下で最良の戦略を見つけることではない」との言は心に留めておきたい。