海勉 Studies of the ocean

国民共有の財産である海洋水産資源の管理は国民に開かれた政策の下で科学的に行われなければならない

食料安全保障 Food security を自学してみた

学術論文をもとに食料安全保障(food security)について学んでみます。特に水産物の話題を対象とします。

 

2010年に発表された
Garcia and Rosenberg (2010), Food security and marine capture fisheries: characteristics, trends, drivers and future perspectives

https://doi.org/10.1098/rstb.2010.0171

から海洋漁獲漁業(marine cature fishery)における食料安全保障についてまとめてみます。

タイトルの通り、食料安全保障と海洋漁獲漁業を絡めて漁業システムの特徴(characteristics)、動向(trends)、促進する要因(drivers)、将来の展望(future perspectives)が概説されています。

 

食料安全保障の定義

まずは論文の導入部で食料安全保障の定義をおさらいしています。

1996年のローマ宣言による食料安全保障の定義は以下の通り。

Rome Declaration and Plan of Action

Food security exists when all people, at all times, have physical and economic access to sufficient, safe and nutritious food to meet their dietary needs and food preferences for an active and healthy life.

食料安全保障は、すべての人々がどんなときも活発で健康的な生活を送るための必要な食事や食べ物への嗜好を満たすために、充分で安全で栄養のある食料を物理的かつ経済的に入手できるときに成立する。

 

食料安全保障の定義や概念は時代が進むにつれて拡大されていきます。

Food security and sustainability: can one exist without the other? | Public Health Nutrition | Cambridge Core

 

食料安全保障を考えるときに一つ気を付けるべき点は、「十分で安全で栄養のある食料」の入手先は必ずしも自国内からではないことです。食料自給率を上げることは、「十分で安全で栄養のある食料」を手に入れやすくするための一手段であって、必須ではないことに注意すべきでしょう。

 

漁業システムの特徴(characteristics)

漁業システムの特徴については以下のようにまとめています。

「食用魚類について、筆者は魚は栄養価が高く、必須微量栄養素、ミネラル、必須脂肪酸、タンパク質が豊富で、栄養不足の穀物ベースの食事の優れたサプリメントである」と述べており、「世界の人口増加、食料への健康志向の高まりによって水産物への需要が高まっている」としています。漁業は次の2つの方法で食料安全保障に貢献できるとしています。

(i)必須栄養素の供給源として直接的に貢献

(ii)食料を購入するための収入源として間接的に貢献

 

こちらは想像がしやすいし、その通りだと思われます。続く文章にもあるように、海洋漁獲漁業は世界の総生産量と漁業に携わる人々に貢献しているため、これらの点で重要な役割を果たしています。ところが、海洋漁獲漁業はすでに多くが限界近くまで利用されているとも指摘しています。

 

動向(trends)、促進する要因(drivers)

現在の動向として、「世界の人口動態、グローバリゼーション、経済発展」、「ガバナンス」、「漁業能力及び技術進歩」、「気候変動」の視点からまとめています。

 

世界の人口動態、グローバリゼーション、経済発展の視点

Globalizing markets have increased demand and enhanced competition, affecting the evolution of the production and consumption patterns of the sector as well as wealth distribution within the sector. The strengthening and harmonization of food safety regulations and norms have changed seafood processing standards globally and can represent significant additional costs for exporters, with particular impacts in developing countries.

市場のグローバル化は、需要の増加と競争の激化をもたらし、セクターの生産と消費のパターンの進化とセクター内の富の分配に影響を与えている。食品安全規制と基準の強化と調和は、水産物の加工基準を世界的に変化させており、特に発展途上国に影響を及ぼし、輸出業者にとって大きな追加コストとなる可能性がある。

人口増加が消費への需要や生計手段としての必要性を生み、水産物の輸出国の状況は変化していきます。北アメリカや欧州では、MSCMarine Stewardship Council)のような非政府機関の認証制度が漁獲漁業の管理体制を改善しているとも述べています。

 

ガバナンスの視点

On the high seas, which produce around 10 per cent of the world catch, weak governance resulting from incomplete jurisdiction by Coastal States has been a major problem. This area is plagued by the insufficient exercise of their international responsibilities by Flag States, Coastal States and Port States. As a result, the Regional Fisheries Management Organisations (RFMOs) are still unable to fully control member states' fishing activities and are confronted with IUU fishing. In some RFMOs, the parties themselves are setting catches well above scientific advice and failing to implement strong enough conservation measures. The rapid development of new fisheries in particularly vulnerable areas such as the deep sea is also trying the RFMOs' capability.

世界の漁獲量の約10%を生産する公海では、沿岸国による管轄権の不備によるガバナンスの脆弱さが大きな問題となっている。この地域は、旗国、沿岸国、寄港国による国際的責任の行使が不十分であることに悩まされています。その結果、地域漁業管理機関(RFMO)は依然として加盟国の漁業活動を完全に管理することができず、IUU漁業に直面しています。一部のRFMOでは、締約国自身が漁獲量を科学的な助言をはるかに上回る設定を行い、十分な保護措置を実施していない。深海のような特に脆弱な海域における新たな漁業の急速な発展も、RFMOの能力を試している。

 

一部のRFMOでは、締約国自身が漁獲量を科学的な助言をはるかに上回る設定を行い、十分な保護措置を実施していない。」という文章で日本で一つ例を挙げるとしたら、サンマが挙げられると思います。明らかに高すぎる漁獲可能量を設定しており、資源管理になっていません。

 

漁業能力及び技術進歩の視点

Technological progress has been both a source of beneficial expansion and wellbeing for fishing communities and a constant challenge for managers. Fishing power and efficiency has increased dramatically because of larger or more powerful engines capable of propelling larger vessels and a greater amount of gear over a greater range. Other innovation areas include hydraulic power applications; stronger materials for fishing gears increasing size and efficiency; better electronic aids for navigation, bottom mapping, fish finding, gear deployment and communication; and improved fish preservation technology. Many of these technologies have also become inexpensive and compact enough to be available to almost any size vessel.

科学技術の進歩は、漁業社会にとって有益な拡大と幸福の源であると同時に、管理者にとっては絶え間ない課題でもある。漁業のパワーと効率は、より大きな船と、より多くの漁具を、より広い範囲にわたって推進できる、より大きく、より強力なエンジンのおかげで、劇的に向上した。その他の技術革新の分野には、水力発電の応用、漁具のサイズと効率を向上させるより丈夫な素材、航行、底のマッピング、魚の発見、漁具の展開と通信のためのより優れた電子補助機器、魚の保存技術の向上などがある。また、これらの技術の多くは、ほとんどすべてのサイズの船舶で利用できるほど安価でコンパクトになっている。

科学技術の進歩により、漁獲能力は上がっています。ただし次の指摘もあります。

 

Technology has improved fishing capacity and efficiency as well as safety on board, and in some cases improved fishing selectivity and product quality, but it has also greatly increased fishing mortality, spreading overfishing worldwide (Garcia & Newton 1997). 

技術は漁獲能力と効率、船上での安全性を向上させ、場合によっては漁の選択性と製品の品質を向上させたが、同時に漁獲死亡率を大幅に増加させ、乱獲を世界中に広めた。

日本でも資源状態や漁業者の生産能力を照らし合わせて、資源状態が低い又は生産力過剰ならば漁業従事者に新たな雇用機会を斡旋するなど新たな対応が必要になるでしょう。

 

気候変動の視点

「地球規模の気候変動が海洋捕獲漁業に及ぼす影響は、資源の利用可能性、分布、回復力、およびセクターの構造とパフォーマンスにとって重要であることは明らか」であるとし、

 In terms of food security, climate change may potentially act across four interconnected dimensions: availability, stability, access and utilization of food supplies.

食料安全保障の観点から、気候変動は食料供給の入手可能性、安定性、アクセス、利用という4つの相互に関連する側面に作用する可能性がある

と指摘しています。

 

将来の展望(future perspectives)

最後の章で将来の展望をまとめています。そこで筆者は、

The potential for sustaining catches, food output and value at or near current levels, and supporting the nutrition and livelihoods of many hundreds of millions of dependent people, will rest critically on managing fisheries more responsibly.

漁獲量、食料生産量、価値を現在の水準またはそれに近い水準で維持し、何億人もの依存する人々の栄養と生計を支える可能性は、より責任ある漁業管理にかかっている。

と述べています。そして供給面、経済面、ガバナンス面でまとめています。

 

まず供給面においては、資源の適切な管理を行うことを勧めています。漁獲漁業は動物性タンパク質のエコロジカルフットプリントが最も低いものの一つとし、漁業の供給を同等の陸上資源または集約的な形態の水産養殖に置き換えることは、世界的な資源需要を大幅に増加させ、かなりの生態学的負担となると述べています。

 

経済面からは、人口増加の影響で水産物の需要は増え続けると予想しており、需要の増加が漁獲漁業や養殖へのさらなる投資を呼び込む可能性があると述べています。ただしそれによって次のような課題も指摘しています。

The increase in demand for products and employment may lead to: (i) political pressure to slow rebuilding plans; (ii) greater incentives for IUU fishing; and (iii) increasing pressure on near-shore coastal resources by subsistence or low-income fisheries as well as on high-value products from more mechanized and industrialized fishing.

製品と雇用に対する需要の増加は、以下の可能性がある。

(i)資源の再建計画を遅らせる政治的圧力につながる

(ii) IUU漁業(違法、無報告、無許可な漁業、Illegal, Unreported, Unregulated の頭文字から)への誘因性が大いに高まる

(iii)自給自足漁業や低所得漁業による沿岸沿岸資源への漁獲圧力が高まる、ならびに機械化・工業化が進んだ漁業からの高価値生産物への漁獲圧力が高まる

 

ガバナンス面については、ガバナンスの目的は、漁獲量の構成(種、年齢、サイズ)、栄養の質、燃料消費量、エコロジカルフットプリントの観点から、生産と収益性を維持および最適化することであると述べています。そしてこれは、資源と生産的な生態系を維持または回復し、気候変動への適応を促進することを意味すると続けています。

 

そして産業界がすべきこととして、

・変化する資源に技術を適応

化石燃料の消費と温室効果ガスの排出を削減

・過剰な漁獲能力の排除

・より環境に優しい漁具や慣行の開発

など、気候変動によってすでに脅かされている生態系サービスの維持にもっと貢献する必要があると述べています。

 

また、公共部門がすべきこととして、

・すべての有害な補助金を撤廃

・経済的および社会的インセンティブを提供

・制度的及び法的枠組みにおける積極性と対応性を向上

・管理措置の柔軟性(例えば、柔軟な漁業権や閉鎖海域)を改善

・必要な分野横断的な統合的対応を得るため、エコシステム・アプローチを実施し、適切な予防措置を特定

緊急時対応計画と保険スキーム、監視と早期警戒システムを開発

・リスク評価、シナリオ開発、パフォーマンス評価のために学際的かつ参加型の科学を採用。特に漁業システムが最も脆弱な小規模部門において、教育と情報プログラムを開発。

・漁業の流動性を高めるための二国間および多国間協定を締結

脆弱性を明示的に追跡し、リスク管理と開発計画を結びつけて、適応的な生計戦略を導入または強化。

を挙げています。

 

 

最後にこの論文を通して食料安全保障についてまとめると、

・海洋漁獲漁業は食料を確保する点と収入を得る手段である点で重要である

・世界的な人口増加による需要の高まり、そして気候変動による生産力の変化が現在から未来への潮流になっている

・人為的にできることとして、生産能力の調整や資源管理体制の強化がある

があると思います。

 

食料安全保障については、これからも別の記事で掘り下げていきたいです。