海勉 Studies of the ocean

国民共有の財産である海洋水産資源の管理は国民に開かれた政策の下で科学的に行われなければならない

データや科学的知見が少ないのなら漁獲は控え目にしなければならない

(2023年3月7日、獲り残し資源量一定方策(CES)の部分を修正)

先日ネット上で水産庁の資料(日付が書かれておらず、グラフも2011年までだから10年くらい昔のもの?) を見つけました。この中で科学的知見が足りないことを理由に漁獲可能量(TAC)を決定しないことが主張されています。

https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_tac/kanren/pdf/121108_data2-8.pdf

データや科学的知見が少ないのなら、むしろTACを設定して漁獲は控え目にしなければならないと私は考えています。以下で教科書的な漁獲方策の考え方をおさらいし、科学的な根拠のある漁獲活動とは何かをまとめます。

 

 

教科書的な漁獲方策の考え方

教科書的な説明として、漁獲方策の考え方は獲り残し資源量一定方策(Constant Escapement Strategy, CES)、漁獲量一定方策(Constant Catch Strategy, CCS)、漁獲率一定方策(Constant Harvest Rate strategy, CHR)の3種類があります。それぞれに長所と短所があります。

 

獲り残し資源量一定方策(CES)

一定以上の新規加入量を確保するために必要な産卵資源量を獲り残す方策です。産卵する親の資源を獲り残しておくことができれば、新しい世代の魚が再生産されるので持続的な漁獲が可能です。ただし広い海の中にどれだけ対象魚種の資源量があるかは正確には分からず、推定するしかありません。さらに後述する通り、親の魚の資源量を保つことで新しく資源に加わる0歳魚の数量(新規加入量と呼びます)が調整できるとは限りません。

 

漁獲量一定方策(CCS)

一定数量だけ漁獲する方法は、供給量を安定させることができるメリットがあります。しかし、一定の数量を獲り続けることが乱獲になってしまうことがあります。例えば、海の中に漁獲対象の魚が1000尾いたとします。そのとき100尾獲るなら900尾が残るので来年にはまた子魚が資源に加わって資源量は元に戻っていそうな気がします。しかし、対象の魚が150尾しかいなかったとき100尾獲ると、残りは50尾になってしまいます。その後子魚が資源に加わったとして次の年にまた100尾を獲ろうとすると、漁獲目標は達成できず資源はますます減ってしまうかもしれません。

 

漁獲率一定方策(CHR)

漁獲対象生物の資源量に対し一定割合を漁獲するやり方は、資源水準が低い場合でも漁獲を続けることができます。課題としては、どうやって一定割合の漁獲を達成するかです。例えば、いつもと同じ海域に同じ量の網を仕掛けたり、いつもと同じ時間だけ一本釣りを操業したとしても、よく獲れる場合とあまり獲れない場合があります。漁獲対象生物が漁場の近辺を泳いでいたりいなかったりするからです。

 

科学的な根拠のある漁獲活動とは何か

漁獲対象生物ごとに望ましい方策を作り上げていくことが持続的な漁業には必要です。理想的な漁獲活動は、漁獲対象生物が水の中にどれだけいるかを数えることができて、それに基づいて一定の期間内にどれだけ漁獲して良いかを決定してから漁獲を行うことです。しかし、これを現実に行おうとすると、いくつか課題があります。主な課題として、一つ目は水の中にいる漁獲対象生物の正確な数がわからないこと、二つ目は漁獲対象生物の資源量が分かってもどれだけとって良いかは必ずしも明らかでは無いことです。

 

一つ目の課題の対策として、正確な数がわからないにせよ、資源量をある程度の正確さで推定することが大切です。そのために漁獲量や投入した漁具の量、そして操業時間や操業場所のデータが必要です。これらが正確に報告されていればいるほど資源量推定の不確かさは減っていくと考えられます。ここで注意すべきことは、漁獲量が多いことは資源が豊富であることを必ず意味しないということです。Daniel Pauly, Ray Hilborn, Trevor A. Branchの三名の水産科学者が「漁獲量は資源の豊富さを反映するか(原題はFisheries: Does catch reflect abundance?)」というコメント文でタイトルの質問に対する考えを述べています。

https://doi.org/10.1038/494303a

この中で三名の考えに共通していることは、漁獲量だけでは水中に何匹の魚がいるのかという質問に答えることはできないから他のデータ(漁獲物の経済的価値、漁業コスト、漁獲努力ごとの漁獲量、捕獲された魚の年齢と大きさの分布など)も活用することを勧めている点です。

 

二つ目の課題の対策として、漁獲対象生物のある期間内での漁獲活動以外の原因による死亡割合(自然死亡率と呼びます)や、新規加入量を地道に推定していくことが大切になります。例えば、漁獲対象生物Aが、ある時点である資源量だけ存在しているとします。もしもAの自然死亡率が低くて新規加入量も多いのであれば、その年のAは多めに漁獲しても資源が損なわれる可能性は低く、来期も同じ水準の資源量を見込むことができます。反対に自然死亡率が高くて新規加入量も少ないのであれば、Aの漁獲を少なめにしないと、資源が損なわれて元の資源量よりも少ない状態になってしまいます。自然死亡率や新規加入量がどのくらいで何から影響を受けて変化するかなど、科学的な知見を溜めていくことが基礎科学です。

 

しかし、更なる課題として、人間の漁獲がない場合でも環境の変化で資源量は変動することが挙げられます。海洋環境の変化で漁獲対象生物の餌が増えたり減ったりすることがあり、またその漁獲対象生物を餌とする捕食者も増えたり減ったりすることがあります。ただし人間の漁獲活動が環境の変化による資源量変動を増幅させることも報告されています(例:https://doi.org/10.1073/pnas.1422020112)。

 

親魚の資源量が多いからといって次の年に新規加入量が増えるかどうかは自明ではなく、環境の要因の方が重要という学術結果はいくつもあります。しかしそれらの研究は過剰の漁獲を推奨したり許容しているわけではありません。親魚をあまりにも獲り過ぎると子どもがいなくなり、資源量が減ってしまうことは自然に考えれば当たり前です。親魚を獲り残しても必ずしも子が増えるわけではありませんが、獲り残しておくことで環境変動のリスクを軽減していることにも注意すべきです。 もしもデータや科学的知見が少なくて資源量を推定できないのなら、獲り過ぎを予防するために漁獲は控え目にしなければなりません。